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ひそひそ彫刻のむくい

  • 2017年9月17日
  • 読了時間: 2分
ひそひ広報

会期:9月12日(火)〜17日(日) 会期中休日なし 15時〜19時 (最終日、作品搬出後クロージングエキシビション。18時まで。 ※当日作品がありませんのでお気を付けてお越し下さい。)

会場: Art spot Korin (〒605-0089 京都府京都市東山区元町367−5 京阪三条駅より徒歩5分ほど) 参加作家:岡本秀(京都市立芸術大学日本画専攻4回生)

会話で、うわさ話になっている人は、そのとき”もの”になっている。 ある場合には、その場にその人がいればどう思うかということを軽視してようやくその人の話ができる。 白人のペインターが、悲劇の黒人青年を絵画で表象して搾取だと批判されることは、間を埋めるために他者の印象を遊ぶこととどれくらい違うのだろう。他者はだれによって表象可能かという問題がなにげない会話において問題化しないのはなぜなのだろう。 たとえばあるうわさを聞いて、その人に会うと全く違うものに見えることがある。 うわさによって彫刻された”もの”としての他者と、”その人自身”が入り交じった「印象」に実際に直面した時 我々はある種のとまどいを覚える。まあしかし、実際はそれも少しの間だけのことで、そんな一面もあるだろうと、 ”もの”としての印象もだんだん”その人自身になっていく。 それはただの違和感であって、考えてみると大したことではないかもしれない。 だが本当にそうだろうか。 一過性の速度のうちに埋没していく感情や修正され続ける秩序は、あらゆる”何気なさ”をなんでもないことにしていく。 本展では、この何気なさについて、ほんの少しこだわって考えてみたい。

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