横山華山展

会期終了日:2019年7月11日

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町を歩くとコンコンチキチンとお囃子の音色が聴こえてくる。夏が来た。七月に入ると、梅雨が晴れようが晴れまいが京都は祇園祭で町全体が浮き足立つ。

そんな夏の間、京都文化博物館では「特別展 横山華山」が開催されている。字の羅列を見ると何処かで見たような気がするが、私はその名と初対面であった。祇園祭の全貌を描いた《祇園祭礼図巻》が目玉として本展のポスターを華やかに飾っている。作者である横山華山は江戸時代後期(1781年〜1837年)に京都で活躍した絵師である。華山は養子として入った横山家で奇想の絵師・曾我蕭白の絵を独学し、当時円山派を凌ぐほど勢いのあった岸派の祖・岸駒に入門する。また柔らかな筆が特徴の四条派の祖・呉春にも私淑するなど、彼は当時から多方面に関心を寄せていたようだ。明治・大正の頃までは夏目漱石の作品に名が登場するなど、世間に知られた存在であった。海外でも評価が高く、欧米の美術館に多数所蔵された優品が本展で里帰りしている。展覧会構成は「蕭白を学ぶ」「人物」「花鳥」「山水」「風俗」「描かれた祇園祭」と題して分類されていた。主に描いた題材によって分けられており、華山の対象への興味・関心の寄せ方がわかる。以下構成に即して展覧会を見ていこうと思う。

「蕭白を学ぶ」のコーナーから見ていく。まずはお手並み拝見ということで、入ってすぐに曾我蕭白と横山華山の《蝦蟇仙人図》が並んでいた。ほとんど同じ構図・ポーズをした二作品だが各々で与える印象が異なる。蕭白は勢いのある力強い筆で布や背景の岩を描いている。手首を曲げて力を込めて開かれた左手や、くわと開いた口からは足元にいる青蛙を見切るような印象を受ける。一方華山は皴法を使った岩などは蕭白から学んだと見られるが、全体に比較的線が穏やかである。淡い均一なグラデーションを使って背景の岩を描いたのは華山独自の工夫だろう。ポーズも改変して右足を浮かせ、左手の平は力を込めた印象はない。私には足元の青蛙と呼応して踊っている様に見えた。蝦蟇仙人という妖術を使う異形も楽しげな様子で描くのが彼の作品の持ち味と言えるだろう。初期作で驚いたのが《牛若弁慶図》で、9歳頃の作品である。粗めの筆線でざっと描いた印象であるが、弁慶の形を的確に捉えている。小学3年生の子にこの作品を持って来られると私ならすぐさま絵を学びにやらせると思う。如何に華山が幼少期から優れていたのかがわかる。昔の絵師は早熟であるという説はやはり本当なのだろうか。

曾我蕭白《蝦蟇仙人図》

曾我蕭白《蝦蟇仙人図》

横山華山《蝦蟇仙人図》

横山華山《蝦蟇仙人図》

「人物」の中で、私は美人画の気品に目を奪われた。《西王母図》は面長で柔和な女仙の表情が西洋風に若干陰影をつけて描かれている。衣装を緩やかに棚引かせる風が女仙の持つ桃の香りをこちらまで運んでいるのだろうか。そう思わせるほどの気品と風情を感じさせる。付き人の立ち姿と合わせてもとても優美な作品である。一方、宴会の席上で描かれた作品もあった。七福神を描いた作品を屏風に貼った《七福神押絵貼屏風》は酒を飲んで描いたとは思えない筆運びで、華山の確かな描写力がここでも窺われる。

横山華山《西王母図》

横山華山《西王母図》

「花鳥」で見逃してはいけないのが虎である。虎を得意とした岸駒に入門した華山の虎の図は是非目にしておきたい。《松竹梅 鶴龍虎図》はよく画題となる龍虎のみならず鶴を合わせた作品であった。龍と虎の二幅の間に鶴が一羽立っている図は、鶴が板挟みになっているようであった。通常の龍虎図のような緊迫感が、鶴によって少し和らぐように思われる。注目すべき虎は量感があり表情も雄々しく表現されている。後ろ足は肉球が見え、その質感まで感じられる。虎を描いた他の作品《虎図》も木に掛けた足が骨格を感じさせる表現であった。虎を描くにあたって華山が岸駒に倣い写実表現を試みようとしていたことがわかる。《蓬莱山図》は神仙思想で神山とされる海上の島が描かれている。二羽の鶴が佇む蓬莱山が巨大な亀の甲羅の上に乗っているというユーモラスな図だと第一印象で思われたが、実はこの亀の姿は「四霊」の一つである「霊亀」と呼ばれる中国神話に登場する怪物らしい。四霊とは『礼記』に記される「麒麟・鳳凰・霊亀・応竜」の四つの霊獣のことを指す。霊獣とは言っても、首を縮こめた姿がなんともリアルで、山を乗せゆったり歩みを進める巨大な亀はとても愛らしく描かれていた。

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横山華山《松竹梅 鶴龍虎図》

「山水」では富士山を描いた作品が複数見られた。華山が描く《富士山図》は円錐形を思わせる。立体的な富士で近代的な印象を受ける。近代日本画家・東の巨匠である横山大観の富士を思い出す。西洋の陰影表現を意識的に取り入れた挑戦的な表現だと言えるだろう。《天橋立・富士三保松原図屏風》はそんな立体的な富士と蕭白風の木々が組み合わさった少し奇妙な作品であった。同じ屏風上に違う画風のものが混在し、混沌とした印象を受けた。

横山華山《富士山図》

横山華山《富士山図》

「風俗」では生き生きと描かれた人々の様子が見られる。このコーナーで私は、横山華山は「人物表現に長けた絵師」というより、「優れた人間観察眼を持った絵師」という方が適切なように思った。名もなき人々のふとした瞬間を絵にするには、動作や表情を描く技術も必要だ。しかしそれ以前に町の人々を興味・関心を持って見つめ、それらを読み取ることができないと描くことができない。華山は人々への興味を常に絶やさない人物だったと想像される。きっと町の人々が楽しそうに生活を営んでいる姿を、自身が楽しんで延々と見ていたに違いない。そんな華山の純粋な興味が表れているように思った。酒の席での作品が多く残っているのも、宴で人々との交流を実際に楽しんでいたからだろうか。《夕顔棚納涼図》はそんな華山の眼差しが感じられる、久隅守景の《納涼図屏風》を元にした掛軸である。瓜棚の下で夕涼みをする夫婦の朗らかな様子が伝わってくる。茣蓙の上で心安める夫婦という親しみを持てる画題でありながら、水墨の線と柔い緑で涼も感じられる慎ましやかな作品であった。守景作は男の襦袢が補筆かとよく論じられるが、確かに襦袢の筆線は他と比べると強く見える。華山作は男は襦袢は着ず、褌姿である。華山が見た納涼図が補筆される前の褌姿であった可能性を考えると、襦袢が補筆であるとも考えられるかもしれない。

横山華山《夕顔棚納涼図》

横山華山《夕顔棚納涼図》

久住守景《納涼図屏風》

久住守景《納涼図屏風》

最後にお待ちかねの《祇園祭礼図巻》が並んでいた。「描かれた祇園祭」では《祇園祭礼図巻》を中心に、祇園祭の山鉾がキャプションで説明されていた。三十四台ある山鉾の由来はなかなか覚えられないが、これを機にさらえるのも良いだろう。《祇園祭礼図巻》は江戸時代後期の祇園祭の全貌を絵巻にした壮大な作品である。上巻には宵山と山鉾巡礼の前祭、下巻には後祭や仮装した芸妓が練り歩く「祇園ねりもの」が描かれている。江戸時代に焼失した「鷹山」や現在開催されない「祇園ねりもの」の当時の様子も見ることができる。尚、鷹山については、本校で2017年から「祇園祭の鷹山の復興デザイン計画」が実行されている。令和4年までに曳山として祇園祭に巡礼参加する予定だ。この絵巻は当時の鷹山を知れる貴重な絵画資料でもある。山鉾巡礼では山鉾が下絵を元に詳細にそして色鮮やかに描かれている。大胆にトリミングした山鉾を絵巻に沿って見ると空間にリズムがあるようで楽しい。細緻な描写でありながら決して説明的でない洒落た作品で、祇園祭の顔を飾るのに相応しい作品であると思う。今まで祇園祭を知りながらこの作品を知らなかったのが不思議なくらいだ。また私は水墨で描いた後祭の図に驚かされた。水墨の夕闇の中で薄ぼんやりと灯る明かり。あの明かりは本物で、じんわりした空気が漂う中で灯る明かりであった。そして薄墨でありながらも克明に建物や人物を描き込んでいる。あの情景を描ききる華山は豊かな感性と確かな腕を持った絵師だと言えるだろう。

横山華山《祇園祭礼図巻》上巻部分

横山華山《祇園祭礼図巻》下巻部分

横山華山《祇園祭礼図巻》下巻部分

本展では横山華山という人を多数の作品を元に見ていくことができた。幼い頃から絵を描き、学び、そして自身の画業に落とし込んだ華山。人々の交流をよく観察し、人々が楽しそうにする姿が好きで酒の席でも絵を描き人々を笑顔にした。そんな人物像が私の前に立ち現れた。当時すでに人気絵師であったが、今回の展示でもう一度世間を魅了してくれると思う。

京都文化博物館では、特別展の他に総合展示室において「京の歴史」「京のまつり」「京の至宝と文化」が紹介されていた。「京のまつり」は祇園祭の文化を学べる展示となっている。《祇園祭礼図巻》と合わせて見ることでより一層、京都最大の祭である祇園祭を理解することができる。

ちなみに、祇園祭はこの《祇園祭礼図巻》の構図で見られるくらいの高さから俯瞰するのが一番風流な愉しみ方だと思う。宵山の祭に足を踏み入れるともう風流などとは言ってられない。立ち込める人の熱気、止まることを知らない汗、食い込む鼻緒。鉾を眺めるには人混みを掻き分けねばならない。さっきまで魅惑的だった屋台の甘味も、腹を満たせばあとは手に粘着質な糖分をただ残したものへと変貌してしまう。宵山を優雅に愉しむのはなかなか難しい。それでも飽き足りずに私が足を運ぶのは、祭の後にやってくる八月の陽炎が全部夢だと言ってくれるからなのだろうか。

展覧会名「横山華山」展
会期 2019年7月2日(火)〜8月17日(土)※会期中、展示替えがあります 前期:7月2日(火)〜7月21日(日) 後期:7月23日(火)〜8月17日(土)
会場 京都文化博物館
開館時間 10:00〜18:00(金曜日は19:30まで。入場はそれぞれ30分前まで)
休館日 7月8日(月)、7月22日(月)、7月29日(月)

3回生 田部
涼の取り方:忘れてしまった