並河靖之七宝記念館 春季特別展 並河七宝への来訪―親交のあった人々

会期終了日:2019年5月15日

並河

明治時代、日本を代表する二人の七宝家が名を馳せた。濤川惣助(1847-1910)と並河靖之(1845-1927)である。
生没も活躍もほぼ同時期であった彼らはライバル関係を築き、濤川は自身が考案した無線七宝、並河は伝統的な有線七宝と、それぞれの技術と作風を極めていく。二人は明治期盛んであった万国博覧会や内国勧業博覧会などに出品を重ね、共に国内外で数々の賞を受賞した。当時宮内省により運営され美術家・工芸家などに栄誉が与えられ顕彰された「帝室技芸員制度」において、七宝分野で選ばれたのはこの二人のみであったことからも、その評価の高さが伺える。
苗字が同じ「ナミカワ」であったため、「二人のナミカワ」「東の濤川、西の並河」などと称される。

その「西の並河」が暮らし七宝制作を行った旧邸が、現在「並河靖之七宝記念館」として、京都は東山に残されている。観光客で賑わう東山・岡崎からひとつ路地を入ったところで、往時の佇まいをそのままにひっそりと開かれているのである。2002年4月に開館した記念館であるが、建物は明治27年(1894)に建てられたものだ。表屋や旧工房といった建造物が国の登録有形文化財などに、庭園が京都市指定名勝に指定されており、歴史ある趣を見せている。

外観

外観

庭と主屋。写真右側の縁側から中に入ることができる。

庭と主屋。写真右側の縁側から中に入ることができる。

記念館はそんな旧邸の内装を改築し展示室としている。そのため決して広くはない。
作品が並ぶのは表屋にある受付から少し進んだところにある小さな空間と、その奥にある2畳ほどの小部屋、そして庭を渡った先にある離れの3部屋である。

現在は「春季特別展 並河七宝への来訪―親交のあった人々」という企画展が開催されている。
最初の空間では花瓶や食籠、水盤、合子などの小さめの作品が、ケースごとに「颯爽」「景雲」といったテーマにまとめられ紹介される。「颯爽」に並ぶ作品は《水辺小禽文香炉》《富士帆掛風景文小花瓶》など水辺の風景が描かれたものが集められており、多彩なブルーのグラデーションに精緻な描写で表される鳥、帆船などが映え、心地よい涼感が漂う。奥の小部屋には、伊勢神宮や修学院離宮を描いた、並河と宮家との関わり(並河は幼少期久邇宮朝彦親王の近侍であるなどした)を思わせる作品、そして、交流のあった富岡鉄斎(1836-1924)や伊東陶山(1846-1920)より並河に送られたという額や香炉などが並ぶ。先ほどよりもさらに小さめの作品が並ぶ印象。最初の空間では作品の繊細な意匠や鮮やかな色彩が目が引くが、小部屋では並河自身の人となりを感じさせられる。さらに、以上の2部屋では、並河についての略歴や同時代の作家たちの説明、宮家との関わりや交友関係などの説明パネルがそこここに設置されている。予備知識なしに来館しても、時代感や並河のことなど周辺情報まで整理できる。若干残念なのは、展示室の広さや陳列品の量に比べ文字情報が少し過剰に思われることだ。
さて、表屋を出て庭を渡り離れに入ると、そこでは華やかな花鳥文の作品とその下図を中心に展示がなされる。先の2部屋に比べ窓が広く自然光が入るためか、部屋全体が明るい印象で、色彩豊かな花鳥がいっそう鮮やかに感じられる。また、離れに入るとすぐのところで、七宝制作の道具や工程が実物の展示によって紹介されており、先の2部屋でも見ていた七宝の技法について知ることができる。記念館の出入り口は一つだけで帰る際には表屋に戻る構造になっているため、技法を知ってからもう一度作品を見直せるのが嬉しい。

作品の展示は以上であるが、離れを出てさらに庭を奥に進むと旧窯場がある。ここには作品の展示はなく、再現された窯と当時の写真や道具などが見られる。また庭を進むと、記念館の玄関側からは入ることができない主屋にあがることができる。実際並河が暮らした和室に入ることができるほか、入室はできないが応接間として使われた部屋も見ることができる。ここには家具がそのまま残されており、当時の生活をリアルに物語っている。並河が受賞した時の数々のメダルも応接間に並べられている。さらに、応接間に飾られている人物画の掛け軸をよく見ると塩川文麟筆らしい落款が見られた。遠目なのでじっくり見ることはできないが、次回改めて確認しようと思う。
庭園もこの記念館の醍醐味の一つである。緑が茂り、ツツジが咲き、鯉の泳ぐ池には石橋が架かる。主屋の縁側で庭園を眺めながら一息つくと、池に注ぐ小さな滝の水音が聞こえ、なんとも穏やかな空気感がある。展示室内にも椅子は配置されているが、鑑賞後に休憩するならぜひこの縁側をおすすめしたい。

庭の滝と石橋。清涼感が漂う。

庭の滝と石橋。清涼感が漂う。

並河の七宝作品を中心に、並河の紹介も手厚くなされ、建物や庭まで楽しめるこの記念館。控えめな雰囲気で建っているため、ここを目指しても見つけるのに少し苦労するほどであるが、いつ行っても混雑に巻き込まれることはない。静かに見られるのが嬉しい反面、あまり知られていないことを切なく感じる。よくも悪くもこぢんまりとしているので、京都らしい空気を楽しみたいが京都の喧騒に疲れた時などに訪れるとよいかもしれない。特に東山は、舞台や美術など芸術鑑賞が十分に楽しめる施設が並ぶ。桜や紅葉も有名な上に動物園もあるので、観光客の賑わいが絶えない。しかし反面、少し休憩しようと思ってもなかなかよい場所が見つからない。そんな時にふらっと立ち寄ると、繊細な美しさを称えた七宝や落ち着いた空間に心洗われることだろう。

 

並河靖之七宝記念館
春季特別展 並河七宝への来訪―親交のあった人々

会期:2019年4月5日(金)~7月21日(日)
開館時間:午前10時~午後4時30分(入館は4時まで)
休館日:月曜日・木曜日(祝日の場合は翌日に振替)

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4回 松浪千紘
研究テーマ:明治の美術工芸 旭焼とG.ワグネルの功績
好きな分野:近世日本画、明治美術工芸、やきものなど
最近ハマっていること:ピクルスとぬか漬けを作っては食べる
写真について:並河靖之七宝記念館に現在並ぶ作品の中にも描かれているものがあったので最近修学院離宮に行きました。坂と階段が多いので若いうちにいくといいかも。